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「修正」の与えるプレイヤーへの悪影響について

「修正」の与えるプレイヤーへの悪影響について

私はレコーディングエンジニアとしても仕事をしているので、今回のエントリーはどちらかというと私の立場上、あまり書くべきではないのではないか?という内容も含んでいます。

ただ、私が制作やプレイヤーとしてもキャリアを積んできた身として、アレンジャーやディレクターの考え方に不健全な点が感じられることがあります。
そこに対しての私の意見と、その根拠について説明します。

「修正」に頼ることは、想像以上に作品にダメージを与えている。

私が主張をしたいのは「修正に過度に頼ったレコーディングは良い結果を生まない」という内容です。
この「修正」というのは、音程やリズム、音量の修正です。

要するに「上手に歌え、演奏しろ」という事なのですが、実情はそう簡単ではなく、修正作業が与えている作品や環境へのダメージは想像以上に大きいという事です。

「修正をするな」ということではありません。
「修正の与える影響、ダメージを少なくするよう勤めなければならない」という事です。

修正作業はどのようなデメリットを与えるのか?

音楽性の低下

まず「修正作業」の目的のほとんどは、収録内容を楽譜の正しい位置に補正する事です。
これは打ち込みで言う「クォンタイズ」に近く、修正箇所が多いケースの場合、作業は極めてルーティーン的に行われることが多く、そこにアーティスティックな判断は介入しません。

演奏には、グルーヴなどの「ムラ」が曲の躍動感を作るのに非常に重要な要素になります。
テイクの内容が悪すぎる場合、それらを無視して画一的な値に揃えざるをえなくなり、淡白な仕上がりになります。

また、過度なボーカル修正のエンジニアにかける負担は非常に大きいです。
作業量もそうですが「下手な演奏を直す」という作業は、いくら仕事といえどエンジニアにストレスを与えていることは否定できません。
今でも「ボーカルの修正は対応しない」と断言するエンジニアもいるくらいです。

要するに、修正作業とは「整形」と同じなのです。
整形すれば顔は均一に整いますが、毎日試行錯誤をして美を追求している人には決して勝てません。

プレーヤーやディレクターの劣化を促す

今でも、レコーディング現場では「修正で治るから大丈夫」という言葉がよく使われます。
私もシチュエーションに応じて上記の趣旨の発言をすることがあります。
それは、その仕事に時間や予算のリミットがある中で、最大のパフォーマンスを出すためです。

修正やリバーブ、各種エフェクトは「プレーヤーに安心して集中してもらうためのツール」として使われる側面があります。
演奏や歌唱は「雰囲気」がもっとも重要であり、細かいことにデリケートになることは、プレイヤーの自由な表現を阻害してしまうからです。

ただ、これらのフォローを、プレイヤーやディレクターサイドが「当たり前」と捉えてしまうのには大きな問題があります。
当たり前ですが、レコーディングでいくら修正でフォローできても、ライブでは修正なんてできません。

長期的に考えた時、プレーヤーはエンジニアリングに寄りかかりすぎないプレイをできるように技術的な問題を解決すべく努めるべきです。
イメージ通りに演奏がコントロールできない状態では、表現について高みを追求することはできません。
悪いところを直すだけの制作は、全体の指揮を下げ、退屈な現場を作り出してしまいます。

レコーディングや制作の面白さは、様々なアイデアや魅力が積み上がっていく作品の成長を見守ることです。
「その場しのぎな考え方や発言は、プロジェクト全体を腐敗させてしまう」という認識を、強く持つ必要があります。

音楽の「深み」がなくなる

楽曲やアレンジは、いわば「設計図」です。
家の設計図が優秀でも、大工がヘボだと良い家は立ちませんよね?
良い演奏や歌唱は、想像以上に細かな要素が組み合わさってできています。

クオンタイズや均一的な修正に慣れてしまうと、音の「深み」がなくなり、極端な音作りや演出が多くなります。
良い音楽って同じループでもいつまでも聞いていられるのですが、音自体の深みがなくなってしまうので、変化し続けないと間が持たなくなってしまいます。

「ズレを楽しむ」のも音楽の醍醐味だと思うので「かっこいいズレをあえて残す」といったアプローチができるところまで演奏技術がついてくると、アレンジは極めてシンプルに、作業時間はどんどん減っていきます。

演奏や歌唱の上達を重要視すべき理由

コストが減る

コストというのは主に「予算」と「時間」です。

レコーディング時間が減れば、必要な予算が減ります。
そして、修正にかかる時間が減ります。
プレイヤーだけでなく、レコーディングに同席するメンバーやディレクター、エンジニアの時間コストを大幅に削減することができます。

身につけた技術は、なくならずに時間の経過とともに質が上がります。
演奏内容は良くなり、作品の質はデモより確実に良くなり、レコーディング現場の雰囲気も格段にあがります。
リラックスした状態で、参加者全員がクリエイティブなマインドを持てるようになる、という点だけ見ても、技術の高さがどれだけ重要かがわかります。

クリエイティブなマインドが成長する

修正は「トラブルシューティング」(問題を解決する)という作業です。
トラブルが技術により解決した時、その作品の本質的な問題(魅力のあり方)と向かい合うことになります。

これは技術以上に試行錯誤を必要とする高い壁ですが、この壁とメンバー全員が対峙することにより「人に魅力を伝えるには?」という問題について考えることができます。
ただ作るだけではなく、作品に新しい価値を生み出すための方法を考える必要性が生まれます。
ツールの使い方や、演奏、修正など、トラブルシュートが山積している状態では、クリエイティブに使える時間とお金のコストが作れません。
結果として「プロジェクトをなんとか終わらせる」という保守的な結果に終始してしまいます。

表現の選択肢が増える

技術は表現と合わせて成長すべきものだと思います。

いろいろな音楽を聴いてコピーしたり、好きな楽曲のアイデアを自分の楽曲に取り込んだり。
レコーディング現場でも、作家やディレクターの言うことを聞くだけでなく、自分のアイデアやアプローチをプレイヤーが提案できるようになります。

言葉の通り「音楽は参加者全員で作るもの」なのです。

「修正」はプレイをサポートするための技術

DAWでは、修正以外でもアナログではできなかった画期的なアプローチが可能になりました。
今のミュージシャンは、それらのツールが当たり前な世代を生きています。

なんでも自由自在にコントロールできるようなツールを使っていると「すべてを綺麗に整えなければいけない」という先入観にとらわれてしまうことがあります。
ですが、僕らが好きになった音楽は、アンバランスなリズムや、粗暴なギターリフがかっこよかったり、癖のある歌が好きだったりします。

音は想像以上に複雑で、ムラがあり、奥行きのある世界です。
「かっこよさをピュアに追求する」ために、自分が行なっているアプローチや作業のありかたについて、今一度見直すことができれば幸いです。

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